私とココロ 6

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    ますます続きです





    親から逃げられるなら、逃げたい。

    ……けれど、許してもらえる筈がない。
    T先生の言葉は嬉しかったものの、
    17年間綴ってきた現実の重さは、
    私にはどうしようもないものでした。

    ところがT先生は、
    そんな私の立場を本当に考えていてくれて、
    県の南にある、某短大のパンフレットを持ってきてくださいました。

    「ここなら寮生活ができるから1人で頑張らなくていいし、お前の好きな小説も書ける。県内とは言え遠いから、お母さんも簡単には追ってこられないだろ。推薦状は俺が何とかするから、お前は親を説得しろ。できなかった時は、俺に相談してこい」

    今でも覚えてます。
    興味なさそうな口振りで言いながら、
    私の目を真っ直ぐに見てくれたこと。

    アムカを続けていて、
    それさえも打ち明けていた私のことを、
    T先生がどう思っていてくれたのか、分かりません。
    もしかしたら、あいつは死ぬかもしれないと、
    そんな風に思わせていたかもしれません。
    『1人で頑張らなくていい』というのは、
    私が死にたくなった時に、
    誰かが止めてくれるかもしれないから、だったのかもしれません。

    理由は何でも良かったんです。
    T先生があの人たちに私の諸々を何も話していないことは分かっていましたし、
    普段は、他のクラスメートと同じように接していてくれたから、
    私にはそれだけでも充分だったのに、
    私が少しでも逃げられるように、
    ここまで真剣になってくれるなんて。

    T先生と打ち合わせやシミュレーションを重ねて親に挑み、
    説得に成功した私は、こうして短大は家を離れることになりました。

    推薦受験の合格発表後、
    T先生はもうひとつ、
    思いがけないことを提案してくれました。

    「カウンセリング受けてみっか!」

    当時の高校には、
    スクールカウンセラーが稀に来ており、
    T先生はあっという間に予約を取り付けてくれました。

    今思うと、もう既に予約も何もかも整えてくれていて、
    それから提案してくれたのかもしれません。

    この、スクールカウンセラーとの出会いも、
    私にとっては、大きく、特別な日となるのです。

    私とココロ 5

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      続きです





      計らずも三島の地雷を踏んでしまったT先生に対し、
      当時の私にもカマかけるくらいの技量があれば良かったのかもしれません。
      しかし、当時の私は、
      目の前の人間が敵か味方かの二極でしたので、
      「中学から、何か聞いたんですか?」とストレートに聞き返しました。

      T先生も直球な性格でしたためか、
      「まぁ、多少はな」と正直に教えてくれました。
      「実際どうだったんだ?」と重ねられ、
      世を拗ねていた私は、
      この人が敵か味方か見極めようと考えて、
      個人名は徹底的に伏せながらも、
      いくつかの特徴的な出来事をかいつまんで話しました。

      これで私に対する攻撃が強まれば敵、
      弱まれば信用してはいけない人、
      なにも変化がなければ味方。

      弱まれば信用してはいけない、と考えたのは、
      T先生は周りにアクションを起こしてしまう人なので、
      向こうのアプローチにもアクションを起こす可能性があるためです。


      そんな、大人をなめくさった考え方は見事に露見していたのか、
      「お前は俺にどうしてほしい?」と聞いてくるT先生。
      台詞だけ聞いてると乙女ゲー。

      「何もしなくていいです。つか、何もしないでください。親にも言わないでください」
      「なんでだ。せめてお母さんには言えよ」
      「言いました。そしたら担任に裏切られました。母には首を絞められました」
      「え!?」

      あ、やべ、言っちゃった。
      くらいにしか考えていませんでしたが、
      このうっかりが、私にとっての転機になりました。

      T先生はじっくりと真剣に、
      私が昔から家族との仲がうまく築けていないこと、
      誰も外面がいいので家の外では仲良しを演じていること、
      言葉でも暴力でも傷つけられてきたこと、
      そんな話を聞いてくれました。


      で、聞いたあとの質問が、
      「お前、将来は何になりたい?」
      でした。
      話の飛び方に途惑いながらも、
      「作家になりたいです」と正直に答えました。

      物心つく前から本好きで、
      幼稚園の頃には姉に字を教わりながら姉が小学校で借りてきた本を読み、
      小学校にあがる前には既にお話作りを始めていた私は、
      中学3年の時に、受験に費やすべき1年間を、
      受験そっちのけで創作に励みまくっており、
      授業中も小説用ノートを堂々と広げて、
      授業はまともに聞いていませんでした。

      それは高校になっても変わらず、
      現代文、古文、英語、数学以外の座学は、
      とにかく小説を書く時間に割り当てていました。

      現代文、古文、英語は好きだったので普通に受けており、
      数学はあまりにも理解できず焦っていたので受けていました。
      (結局、数学は赤点常習すぎて追試さえも免除されました)


      T先生は、
      「まずは授業に出ろ。座ってればいいだけなら簡単じゃねーか」と。
      なので、やはり現代文、古文、英語、数学以外は、
      とにかく小説の執筆の時間と決めてしまいました。
      体育は相変わらず逃げっぱなし、
      家庭科の調理実習は1回だけ出て他は逃げ、
      クラスの共同作業ものらりくらりとかわしていました。

      親との関係は改善される兆しもなく、
      T先生と彼らがいつ結託するか様子を伺う日々。


      全てを適当に流しながら、3年生になると、受験です。
      T先生は、私にはっきりとこう言ったのです。

      「お前、大学は家から出ろ。母親から逃げて、遠いところへ行け」

      私とココロ 4

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        さらに続きです。



        一度鬱屈すると立ち直れないものなのか、
        文字通りの肉弾戦を親と繰り広げ、
        人間は信用できない、
        死ぬしかないけど死ぬのもめんどくさい、
        という状態のまま中学を終え、
        ほとんど惰性で高校へ進学。

        高校に入ってからは、
        誰に対しても表面上だけうまく繕って付き合いつつ、
        決して本心は見せないで過ごそうと決めていました。

        それなりに話し相手はいましたが、
        クラス行事やら調理実習やら、
        そういった「みんなで何かする」イベントは、
        徹底的にバックレまして、
        学校にも無断欠席、遅刻の常習でした。

        依然としてアムカは続いており、
        アムカをする理由も自分ではよく分からなくなっていました。
        カミソリに変えたのが高校に入ってからなのか、
        中学の時にはもうカミソリにしていたのか、
        この辺りは曖昧です。



        そんな私に声をかけてくださったのが、
        私の生涯の恩師であり、
        当時の担任だったT先生でした。

        T先生は、ある時突然私を呼び出して、
        「クラスのことをどう思う?」と聞いてきました。
        ……今書いてて思いましたが、
        これ、なかなか直球な聞き方ですね。

        「別に、どうも思っていません」と答えました。
        深く関わらないようにしていたので、
        好きでも嫌いでもなく、
        特別な感慨をなにも持っていなかったので、
        「大好きですよ」と嘘をつく理由もなかったのです。

        「最近、なんか悩みはあるか?」 と聞かれ、
        少し躊躇いましたが、
        「継続的にありますが、それは話しても意味ないんで、いいです」
        と、正直に答えました。
        言葉だけ聞いていれば厨二真っ盛りですが、
        家庭のことや、自分の価値を見いだせないことを、
        大人相手に話しても解決はしないし、
        そもそも大人は「他人」の中でも一番信用してはいけない生き物でしたので、
        話せば何をされるか分かったものではありません。
        私にとっては深刻だったのです。

        当然、先生は
        「なんだそりゃ。どういう意味だ?」
        と聞き返しましたが、
        これには「いや、気にしないでください」と、
        大人ぶった答え方をしました。
        先生はしつこく詮索せず、
        非常にあっさりと「ま、いいや」と。

        そして、
        「○○のことはどう思う?」と、
        人物名を挙げて聞いてきました。
        中学の時に私をいじめていた主犯のうちの1人でした。
        こんな田舎ですから、
        単なる惰性で高校へ進学すれば、
        そういう人たちも同じ学校にいるわけで。
        クラスこそ違えど、
        会ったこともないような人が一方的に私を憎んだり、
        まったく身に覚えのない言いがかりをつけてくるのには、
        彼女らの影響があるのだろうな、と容易に推察できました。

        だからこそ、
        私はT先生の質問に警戒しました。
        私にまつわる、
        事実無根で卑劣な噂でも耳にしたのだろうか、と。
        同時に、私に何を言わせたいのだろう、と。

        答えない私に、T先生は
        「中学の時、お前どんなんだった?」と聞きました。
        当時の私にとっては、完全なるタブーです。


        中学1年の時の、
        私を見捨てた例の担任は、
        誰かの素行の悪さを私が担任に告げ口した、という
        ありもしない話を数々でっちあげ、
        いじめをヒートアップさせてくれましたので、
        T先生もこの人のように、
        私に白羽の矢を立てる気だなと思ったのです。



        長くなってきたので区切ります。

        私とココロ 3

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          はい、続きです。



          そんなこんなでダークな中学時代を送ることになったわけですが、
          そんな私のザマを見て、
          家族が連日投げてきた言葉は忘れられません。

          両親からは
          「恥さらし」
          「死んじまえ」
          「産むんじゃなかった」
          「恥ずかしい」
          「情けない」
          「失敗作」
          と言われてきましたが、
          これは小学校の頃から言われてきたことでもあります。

          どうしてもつらくて姉に相談した時、
          姉からは、
          「お前なんか生きてる価値がない」
          と冷たく切り捨てられました。

          家にも学校にも居場所がなく、味方がなく、
          もう死んだほうがマシだと思いつつも、
          死ぬことすら億劫に感じ、
          何もかも投げやりになりました。

          私がアムカを始めたのはこの頃です。
          初めは、カレンダーをかけていたネジフックの先端でした。
          まだ新しいフックだったせいか先端は鋭く尖っていて、
          腕を傷つけるには充分でしたが、
          そうは言っても、ちょっと深い引っ掻き傷程度が限界なので、
          治るのも早かったです。

          同時に自分の腕に繰り返し噛みつくようにもなりました。
          噛みつくというか、腕を口にくわえて、大きく吸い込むような、そんな感じです。
          上の歯とベロの間に腕の皮膚が食い込むので、
          脂肪吸引するみたいに電話強く吸い上げると、
          上の歯に圧迫された皮膚が鬱血し、
          数分も待たずに赤黒く痣が浮かびます。
          これを、手首から肩まで一直線に、
          一心不乱に作っていました。

          配分としては、
          左腕にアムカ、右腕に噛み傷。
          夏は長袖で誤魔化し、
          プールの授業はサボることで露見を防いでいました。

          一度、何を思ったかあの人にアムカの事実を打ち明けましたが、
          フルスイングで張り倒され、
          やはり失敗作だ情けないだと罵られて終わりでした。



          幸いにして、
          中学は2年に進級するとクラス替えとなり、
          また担任も新しくなりました。
          これを機に、とても気の合う友人ができ、
          クラスに馴染みこそしないものの、
          際立って浮くこともなく、
          クラス外からのいじめは継続したまま、
          それでもなんとか、まだ平穏な2年間を過ごしたのち、
          無事に卒業となりました。

          この時の友人とは、
          今でも付き合いが続いており、
          ありがたいことに、私にとっては親友です。
          私の家庭の事情も知っていてくれます。




          ここで区切ります。

          私とココロ 2

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            さて、昨日の続きです。



            とんでもなく落差の激しい感情表現は、
            中学入学後、間もなくして沈静化します。
            しかし、これは正確には沈静化ではありません。

            入学式の夜、
            私は洗濯物についていた蜂に刺されて病院に運ばれ、
            アレルギー体質を警戒して入院しました。
            入学式の翌日に早々と欠席し、
            しかも、当時の私の隣席は入学式にも姿を現さなかった人でしたので、
            早い話が、友達を作りそびれたわけです。

            また、この当時は友人間でネットトラブルがあり、
            (私の個人情報をネットに全て晒されたのです)
            それについて、世間体第一のあの人が余計な働きを見せ、
            結果、私は「冗談の通じないやつ」として名前だけを広められ、
            学年全体からいじめを受けるようになりました。

            顔も名前も知らない人たちから罵詈雑言を浴びせられ、
            クラスメートにはシカトされ、
            背を向けた途端に罵られ、
            物を隠され……そんなことは茶飯事でした。

            当時の私は真っ正直でしたので、
            これをあの人にも相談してしまったのです。
            するとあの人は、
            「私の娘が、いじめごときに負ける筈がない」とかいう、
            親特有の無根拠極まりない意味不明な理論のもと、
            あっさりと一蹴されました。

            この人はダメだと担任に相談しましたが、
            担任は一切助けてくれませんでした。
            というのも、あの人が先手を打っていて、
            担任に
            「あいつは嘘つきだから、先生のところにもいじめられていると相談に来るだろう。しかし、それはただの嘘であり、万が一に事実だとしても本人の責任なので、一切信じず、構わず、手を出さないでください」
            と電話していたのだそうです。
            これはあの人に直接聞きましたので、間違いないでしょう。
            それだけでも「はぁ?」という感じですが、
            これを受けて担任も「はい分かりました」と受諾し、
            本当に信じてもくれなかったばかりか、
            「もしも事実なのだとしたら、いじめられるあなたに原因があるのよ」
            とのたまってくれたわけです。

            大人は頼りにできない四面楚歌。
            私が暗い性格になるまで、時間はかかりませんでした。

            つまり、
            感情の起伏が落ち着いたのではなく、
            沈みきってしまい、持ち上げることすら億劫になったのです。


            靴に画鋲が仕込まれようと、
            または下駄箱にカッターの刃を仕込まれようと、
            誰も助けてくれませんでした。
            脚をザクザクに切る怪我をしたときも、
            誰も助けてくれませんでした。



            私の体は次第に学校を拒絶するようになり、
            学校へ行きたくないとあの人に何度も訴えました。
            その度に殴られ、怒鳴られ、
            掴みかかられもしましたが、
            嫌なものは嫌。
            父親にまで怒鳴られましたが、
            私は行きたくないの一点張り。
            無理やり引きずり出されて車に詰め込まれ、
            学校の前で放り出されたことも何度もあります。

            家から学校まで遠かったこともあり、
            一度学校に着いてしまうと、
            石のように黙って教室にいるしかありませんでした。



            あの人に首を絞められたのは、この頃です。
            「お前のような恥さらしは生むべきではなかった。いっそ死ね」
            と私に馬乗りになって首を絞めてきた。
            何をとち狂ったやら、
            私は必死に抵抗してしまい、しぬことはできなかったのです。



            ここで一旦区切ります。

            【重いです】私とココロ 1

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              もう心身ともに限界が近いです。
              何が起こっても後悔しないために、
              今のうちに書き溜めます。




              小学校のとき、いつも通知表に書かれていた言葉があります。

              『感受性が豊か』。

              鼻水垂らして遊び回っているような子供に、
              その言葉に含まれる意味など分かる筈もなく、
              私はそのまんま通知表を親に渡していました。
              そして当然のごとく、あの人(毒母)はこの言葉に強い嫌悪感を示しました。

              そもそも、
              私は幼稚園の頃から泣き虫な怒りん坊でしたようで、
              先生方は相当手を焼かれたことだろうと思います。

              要するに、この『感受性が豊か』という評価は、
              『感情の起伏が激しい』ということを、
              かなり分厚いオブラートに包んでいてくれたわけです。

              私がそれを理解したのは、小学4年生の時でした。
              なんの弾みかあの人と大喧嘩をしたときに、
              「4年生にもなって情けない!恥ずかしい!お前の『感受性が豊か』というのは、我儘でうるさくて自己中でみっともないということだ!」
              と怒鳴られたのです。
              「あ、そういう意味か」と冷静に納得したと同時に、
              やはりショックでした。



              ……さて。
              この『感情の起伏が激しい』というのは実は、
              今にして思えば、既にこの時から情緒不安定だったのではないか、
              と思えてしまうわけです。

              頭に血が上ったり、
              ひどく傷つくことがあって涙が出ると、
              自分ではどうしようもなく腹が立ったり、涙が出たり、
              そういう状態の自分を、
              自分ではコントロールできなかったのを、よく覚えています。
              我ながら衝撃的なのが、
              小学1年生のときに、
              教室に遊びに来ていた姉が私の恥ずかしい話をクラスメートに暴露し、
              姉とその友人たち、
              そして私のクラスメートに集団でからかわれて、
              本気でキレてしまったことです。
              何をしたのか記憶はブッ飛んでいて残っていないのですが、
              気が付いたら私は学校の公衆電話目掛けて廊下をゆっくり歩いていて、
              上級生やクラスメートが必死に私に「やめろ!」と叫んでいた、
              ということがあります。

              公衆電話で何をしたかったのかは覚えていません。
              廊下に出るまでの間に何があったのか、
              このマジギレ状態からどうやって正気に返ったのか、
              その記憶は全く残っていないのです。
              朧気に記憶にあるのは、
              近所でも悪ガキと有名だった上級生が、
              珍しく取り乱して私の名前を連呼してくれていたことです。

              2X年の無価値な人生の中で、
              この時ほどマジギレしたことは、二度とありませんでした。
              (ちょいちょいキレたりはするのですが)

              この時のことは、
              こうして思い返してみても、
              かなりイッてるというか、ドン引きというか……。


              ともあれ、
              私は失敗をからかわれたり、
              作業の邪魔をされたり、
              あらぬ嫌疑をかけられたり、
              約束を破られたり、
              自分のペースを乱されることに対して、
              幼い頃からとにかく腹を立て、
              そしてカッとなると教室だろうが喚き散らしたり、
              人に手を上げたこともあります。
              本当に我ながらかなり怖いです。



              一方で、
              そういった出来事に対してショックを受けると、
              自分の存在を主張せんばかりに大声で泣き叫ぶこともありました。
              あの人から「泣いて終わらせようとするな!」と殴られた成果(?)もあってか、
              ギャン泣きしても、とりあえず自分の主張は口にしていました。
              多分、泣き叫んでいるので、何を言っているかは分からなかったとは思いますが。


              嬉しい、楽しい出来事には全身で表現し、
              ワンパクに跳び跳ねたり歌を歌ったり、
              何日も何日も日記に同じことを書いたり(これはこれで異常だな……)、
              すべての感情を、私は常に振り幅いっぱいで表現し、
              そして、いちいちその落差が激しかったようなのです。


              ……続きは次回
              今夜は寝ます。おやしゅみー。

              致命傷

              0
                営業やってる人間として、
                致命的な問題にぶち当たったなう。

                人間に会いたくない。

                突き刺さる現実

                0
                  姉の結婚式が近付いている。
                  同時に、姉のお腹に宿る命も育っていく。

                  両家が顔を合わせる機会が増えるほどに、
                  私はお義兄さんの器の広さと、
                  どちらの家からも姉に向かって注がれる惜しみない愛情を目の当たりにする。

                  現実が突き刺さる。

                  今生に別れを告げた身で、何を今さら、とも思う。
                  暗闇が伸ばす触手に、いっそ囚われてしまえばいいのに。
                  覆われてしまえばいいのに。
                  どうして未だどこかに、何かを探そうとしているのだろう。私は。

                  何も感じなくなればいい。
                  私はかつて、心を停滞させることに成功した。
                  喜怒哀楽らしきものを装って、
                  けれど何も感じていなかった時期がある。

                  またあの時のように、停滞させたいのに。
                  永遠に、停滞させたままでいたいのに。

                  いよいよ自分のコントロールさえ、ままならない。

                  今綴っているいくつかの小説を、
                  一日も早く書き終えなくては。
                  性急に。迅速に。

                  停滞してしまってからでは、もう、書けないと分かっているから。
                  夢に縋って、夢を追うのはやめると決めたのだから、
                  早く終わらせなくては。

                  そうして停滞させ、今度はそれを永遠のものにしよう。
                  そうすることでしか、私がこの大地で生きていく術はないのだから。

                  そうして書き終えたら、
                  今度こそちゃんと今生に背を向けて未練を断ち切り、
                  「私」はこの世から消えて、違う「私」に全てを託す。

                  突き刺さる現実など物ともしない、紫の君、あなたが羨ましい。
                  あなたに恥じない人間になりたくて、
                  あなたの隣を堂々と歩ける人間になりたくて、
                  あなたのように、自分の足で立っていられる人間になりたくて、
                  見苦しいあがきを続けてきたけれど、
                  それも、もはや何の意味も為さない。為してはくれない。

                  それは裏切りですか?

                  でも、今生と永別した身では、
                  もう、あなたに憧憬を抱くことすら傲慢だから。
                  わたしの手であなたを貶め、卑しめることは耐えられない。
                  故に、この世には永別を告げて、
                  あなたを美しいままで解き放つ。

                  急がなくては。もう時間がない。
                  早く。早く。
                  早く。


                  寂しいなんて、二度と言わせない。
                  わたしは。私自身に。

                  分からないこと

                  0
                    これから先、私は自身に押し与えられた「人生」というものを、
                    どうして歩んでいくべきなのだろう。

                    考え出すと止まらない課題だと知っているのに、
                    考えることから逃げられない。

                    私の心の奥深くにしつこく住み着いて、
                    深く根を下ろす、極端に低い自己肯定感を、
                    今さら高めることもできないような気がする。

                    自分を愛することのできない者が、
                    他人を愛することなどできない。
                    他人に愛されることもない。

                    この俗世でよく聞く常套句であり、
                    私もオリジナルキャラクターたちに言わせてきた言葉。
                    これを身を以て実感するからこそ、踏み出すことを躊躇うのだろうか。

                    私は私を信じてもいないし、愛してもいない。
                    今すぐ高いところから飛びたい衝動は消えたけれど、
                    いつ高いところから突き落とされてもいい、という思いに変わった程度で、
                    つまるところ、根本は何も変わっていないのだ。

                    私は簡単に他人に執着し、依存してしまうから、
                    そうならないためには距離を取るしか方法を知らないし、
                    同じところまで堕ちてきてと乞うこともできないから、
                    何も知らないふりをして笑ってごまかすことを繰り返す。

                    強い孤独を拭うためには、
                    私の大きすぎる独り言はイニシエーションだと思っていたけれど、
                    独り言を口にすることさえ億劫になってきた最近では、
                    私を蝕む孤独とは、永遠に離れられないのだろうという気さえしてくる。

                    清らかで正しい生き方を知っていても、
                    私の足は、そちらに向くことはない。
                    光が眩しすぎて、そちらに向かうことができないんだ。

                    もちろん、一番奥の、「本当の私」の部分は誰にも見せないで、
                    求められる私を演じて踊ることしかできない。
                    それで精一杯だ。

                    自殺をした魂は救済されないとか、
                    天寿を全うせずに死を迎えると転生できないとか、
                    ろくでもない人生を歩むと人間に転生できないとか。
                    おしなべて「死」と「生」というものには制約があり、
                    恐らくは縛られて巡るのだろう。

                    けれど今の私には、来世を憂うゆとりなどない。
                    現世の出来事だけで手いっぱいだ。
                    だから来世の歩みがどんなことになろうと、
                    もっと言えば人間にすらなれなかろうと、
                    それのために現世の生き方を正す余裕がない。

                    高めることもできない自己肯定感も、
                    おおよそ育まれる見込みのない自他愛も、
                    望まぬ枷としてこの身を穿ち、
                    度に私は食い込む楔を思い知るばかりだ。

                    歩き方も分からないし、愛し方も分からない。
                    はっきり言うなら、「愛」を知らない。

                    どうしてこの先を歩いていけばいいのだろう。

                    こんな洞窟の中で。私は。

                    くるくるく。

                    0
                      姉が結婚することになって、
                      あちらにこちらにお出かけ三昧。
                      あの人たちは、日々語る。
                      姉の幼い頃のこと。

                      小さく生まれたがため、
                      誰からも大切にされ、愛されてきた姉。
                      長女ゆえに大切にされ、愛されてきた姉。

                      そういうことか、と思っても、
                      納得できない自分がいる。

                      どうして私は、うまく愛してもらえなかったのか。

                      それでも私は笑うしかない。
                      赤い滴を見ていれば、
                      それでも少しは落ち着くから。

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